(3)メンタルサポート

(メンタルマネージメント・メンタルトレーニング・メンタルリハビリテーション)

「体力や技能のトレーニングと同様に、競技場面で最高のパフォーマンスを発揮するために必要な精神を管理(コントロール)できるようにすること」をメンタルマネージメントといい、競技力向上のための重要なスキルとして、その取り扱いは、優れた競技成績をあげている選手や心理的な問題を抱えたスポーツ選手を対象とするばかりでなく、ジュニア期の選手やスポーツの審判や指導者も対象となるように広範囲に拡大されてきています。

バレーボール競技でも個人と団体の両面から選手の「心」がチームの構成に様々な影響を与えるのは周知のところです。「苦しい」「つらい」だけでは続かず、「楽しい」「面白い」が感じられなければその競技に対する思い込みができません。「楽しい」「面白い」があるから「苦しい」「つらい」を耐えてがんばってスキルアップしていくことができるのです。

競技者としての存続に関わる「やる気」がある「心」の状態であるのか、またその時々の「心」の状態がパフォーマンスにどう大きく影響しているのかを知ることが指導して行く上で非常に大切なことです。

特にジュニア期では、まずその選手が「なぜ運動をやろうと思ったか」「どうしてこの種目を選んだか」の動機付けから「目標はどこにあるか」「どうしたいのか」の目標設定に始まり、「ではどうしたいのか・どうしようとしているのか」具体的な目標の更新、行動設定と整然と定めていくことが心の安定に大切なことになります。目標は、明確かつ肯定的に厳しくたてられるのがよく、その進歩・成就の度合いを定期的・段階的に評価してフィードバックしていくことが必要です。技術面や体力面はもとよりその時の心境に対して選手本人の自己評価に期待するところであるがジュニア期では指導者は刻々と「どうしたらよいのか」まで適切にアドバイスできなければならないのです。

 

1)メンタルマネージメント(スポーツ心理テストとカウンセリング)

選手を指導する時にはいろんな場面で心理状態を思い込みではなく客観的に分析評価する必要があります。それは、選手個人の評価のみならず、チームの状態を見極めたり、「どのパターンにもって行けば成功につなげられる」といった方向性の形成にも利用できるものです。

心理分析は、「心理テスト」という形で実施し、現場に活用するのであるが、「心理テスト」の目的は、

@    選手選抜として競技志向性の評価として

A    選手の心理的特性の客観的把握手段として

B    起用の際の適性検査として「モチベーション」の実態や「緊張」・「不安」の分析のため

C    試合に向けての心理的コンディション・モチベーションの評価として

D    スランプや身体的コンディションの評価のため

E    メンタルトレーニングの要否判定とその効果判定のため

F    チーム構成、チーム作りへの参考

にあります。

 スポーツ現場での心理テストとして『TSMI:Taikyo Sport Motivation Inventory(日本体育協会)』があり、本方法は、選手の競技に対する「やる気」を総合的に評価・診断し、コーチングやメンタルトレーニングに役立てることを目的にしたテストで、「やる気」を「目標への挑戦、技術向上意欲、困難の克服、練習意欲、情緒安定性、精神的強靭さ、闘志、競技価値観、計画性、努力への因果帰属、知的興味、勝利志向性、コーチ受容、コーチとの人間関系、失敗不安、緊張性不安、不摂生」の17の尺度で分析するものであり、選手選抜にも使えるが、試合(失敗・成功)の前後、チームでの役割や立場の意欲評価ができる特徴があります。心理テストとしては、この他に「不安や気分を調べるもの」「性格や適応性、集中力を調べるもの」「価値観や動機を引き出すもの」など目的を持った検査法が多く存在し使われています。本プロジェクトではこれを用いて心理分析を試み、別項に結果を示します。

2)メンタルトレーニング

「スポーツ選手の競技力向上ならびに実力発揮を目的とした心理スキルの教育・指導」をメンタルトレーニングと呼び、メンタルトレーニングで用いられる主な心理スキルには、

@      「自身の確認と目標設定」:自分を見つめることから始まります。自分の心理的な特徴や今の心のコンディションを知り、どうなりたいのか、どういう方法がよいのか、いつまでか、できそうかなどを明確にすることです。

A      「評価(アセスメント)技法」:心理テスト、観察や面接などを通じて、自己理解を深め、トレーニング課題を明確にしていくことです。

B      「リラクゼーション技法」:呼吸法、自律訓練法、筋弛緩法や動作訓練などを活用してプレッシャーや緊張を解いていきます。普段の実力を十分に発揮できるようにもって行く技法となります。

C      「イメージ技法」:身近な対象を課題設定してイメージ想起するトレーニングから始まり、動きを伴う運動のイメージ想起、さらには理想的な競技遂行状態をイメージで創造するといった応用段階へと進めて行き、心理的トラブルの解消、心理的準備、集中力をトレーニングします。トレーニングや試合に臨むプロセスにおいて最終段階の技法です。

D      「フィードバック」:良い心理状態は、良いプレー、良い成績に結びつきます。これを記憶に留め、「集中」「心地よい緊張」「わくわく感」「冷静」といった最適な心理状態を次に繋げます。これが分かると「アクチベーション・サイキングアップ(活性化)」という技法で緊張や意欲といった気持を高めることができます。

といった考え方ができ、それぞれの技法を上手に組み合わせて実施していくことが必要となります。

 

3)メンタルリハビリテーション

 「けがをした」「負けた」「プレーでうまくいかなかった」などの心理的障害を受けると“人の心”は、落ち込む「ショック期」、どうして!こんなばかな!といった「否認期」「怒り・恨み期」を経て、悲観という「抑うつ期」から、解決への「努力期」へ移行して立ち直っていくものです。たとえ障害が残ったとしてもその状態を“しかたない”と甘んじて受け止めて次に繋げる「受容(期)」という発想に落ち着かねばならなりません。

 改善への固執の強さ、他への依存欲求や逆に独立欲求の強さによって取り組み方法は変えなければならないのです。そのためには日頃から何でも話せる関係が作られていることがメンタルマネージメントの根幹となると考える“心・技・体”の中で、競技者にとっても指導者にとっても一番難しい分野であるが一番大切なものです。

 

4)心理テストの実施

 スポーツで高い目標を達成するためには,選手自身の競技意欲や競技価値観,自己概念,興味,不安等,様々な情報を評価,診断する必要があります。中高一貫指導では,それらのデータを基に競技に対する意欲が心理的競技能力にどのように関わっているのか,また実際の競技結果にどのような影響を及ぼしているのかという事を研究しました。

心理テストとしてTSMI(Taikyo Sports Motivation Inventory 体協競技意欲検査)を用いてプロジェクト開始時と1年経過時のバレーボールに対する心理的パフォーマンス(特に意欲)を「目標への挑戦、技術向上意欲、困難の克服、練習意欲、情緒安定性、精神的強靭さ、闘志、競技価値観、計画性、努力への因果帰属、知的興味、勝利志向性、コーチ受容、コーチとの人間関系、失敗不安、緊張性不安、不摂生」の17要因を評価項目として分析評価しました。結果は別項にて解説します。

 

心理テスト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・方法

 対象者:神奈川県から選抜された中高一貫選手(男子24名・女子24名)

 時 期:2006年10月・2007年10月・2008年7月

 内 容:TSMI(Taikyo  Sport Motivation Inventory:体協スポーツ動機検査)を使用した。この検査はスポーツ選手の競技意欲を測るもので,応答の正確性を含む17の尺度からなっています。

  TSMIの検査内容

  以下の146の質問に対して,「よくあてはまる」「ややあてはまる」「あまりあてはま

らない」「まったくあてはまらない」のうち一つを選びます。

1.       一流選手になる為には,どんな障害も乗り切ることができる。

2.       新しい技術を習得する時には,それが完成するまで努力を続ける。

3.       困難な事に出くわした時,さっと他の事に移るより,それを乗り越えようと努力する。

4.       スポーツは,楽しむことより勝つことに意義がある。

5.       私は試合の前に,うまくできないのではないかと心配する。

6.       試合にプレッシャーがかかっている場合ほど,私はミスを犯しがちだ。

7.       試合でせり合いの時,冷静な判断ができる。

8.       自分より強い相手であっても,気おくれするようなことはない。

9. コーチから言われたことは,その通り実行する。

10. 練習や試合で1度も失敗したことがない。

11. 自分より弱い相手と試合をするより,強い相手とする時の方が闘志がわく。

12. 競技やスポーツの本を読むのが好きである。

13. 日常の生活で不節制をすることが多い。

14. 練習場へは,誰よりも早く出るようにしている。

15. 何か他に意義のあることがみつかれば今の競技をやめたい。

[以下省略]

・TSMIの検査結果

 17項目で10段階の評価

@    からLのP値は数値が多いほど良い。

M からPのN値は数値が少ないほど良い。

 

尺度名

内    容

@    

目標への挑戦

自分でたてた目標や自己の限界に積極的に挑戦する傾向

A    

技術向上意欲

技術の向上を目指して積極的,持続的に努力を続けようとする傾向

B    

困難の克服

競技で困難な場面に遭遇した時,くじけずに克服しようとする傾向

C    

練習意欲

練習が好きであり,意欲的かつ持続的に練習できる傾向

D    

情緒安定性

試合場面で,落ち着いて冷静な判断を下せる傾向

E    

精神的強靭さ

不利な状況,競り合い等において,精神的な強さを発揮できる傾向

F    

闘志

大試合や不利な状況,競り合いでの闘志

G    

競技価値観

自分が行っている競技が自分にとって価値あるものと考える傾向

H    

計画性

試合の仕方や練習について,見通しを持って計画を立てられる傾向

I    

努力への因果帰属

試合での成功や技術の向上が,自分の努力の結果であると考える傾向

J    

知的興味

競技やスポーツに関する知的な情報に関心を向ける傾向

K    

勝利志向性

競技においては,勝つことに意味があるのだと考える傾向

L

コーチ受容

コーチに対する信頼感やコーチの指示への従順的な傾向

 

L    

IAC

コーチとの人間関係

M    

失敗不安

試合で負けたり失敗するのではないかという不安を持つ傾向

N    

緊張性不安

試合場面,強い相手との対戦,観衆の存在などの緊張場面で不安が高まってしまう傾向

O    

不節制

試合や練習を中心とする生活習慣がきちんとできる傾向

 

  結果及び考察

1.     JOCカップにおける競技意欲と競技結果

 TSMIの結果の各項目を平均値化し,平成18年度と平成19年度のJOCチームで比べてみました。(グラフ1)

男子では18年度が「目標への挑戦」(+2.5)・「知的興味」(+2.0)・「練習意欲」(+1.8)・「困難の克服」(+1.7)など17項目中14項目で19年度を上回り,大会でも19年度が1回戦敗退に対して18年度は全国3位の結果になっています。女子では19年度が「IAC」(+2.6)・「技術向上意欲」(+2.2)・練習意欲(+2.0)・「コーチ受容」(+2.0)など17項目中12項目で18年度を上回り,大会でも18年度が予選敗退に対して19年度は全国ベスト8の結果になっています。

男女とも平均値が高い年度が本大会で良い結果を上げている。競技意欲と競技結果とは相関関係があると思われます。

 

 


 

(グラフ1

 

2.     競技意欲の年度別変化

  TSMI結果の各項目を平均値化し,中学3年から高校2年までの3年間の変化を比べてみました。(グラフ2)

  17項目のうち中学3年と高校2年を比べ,平均値が大きく上がった項目をあげると,男子では「計画性」(+1.0)・「闘志」(+0.9)・「努力への因果帰属」(+0.7)・「緊張性不安」(+0.7)・「困難への克服」(+0.6)・「不節制」(+0.6)でした。女子では「知的興味」(+0.8)・「競技向上意欲」(+0.6)であった。逆に下がった項目をあげると,男子では「競技価値観」(-0.8)・「IAC」(-0.7)・「コーチ受容」(-0.4)でした。女子では「競技価値観」(-1.2)・「コーチ受容」(-1.1)・「IAC」(-1.1)・「不節制」(-0.8)・「練習意欲」(-0.5)です。年度別変化については各学校の選手の状況により変化している様子であるので年度ごとに上昇するとはいえないと思われます。

(グラフ2)

 

 

 


3.     中高一貫選手と一般選手との違い

 TSMIの結果の各項目を平均値化し,女子の中高一貫選手と一般選手(県大会出場レベル)を比べてみました。(グラフ3)

 中高一貫選手の平均値が一般選手よりも高かった項目は,「勝利志向性」(+2.8)・「精神的強靭さ」(+0.8)・「緊張性不安」(+0.8)・「不節制」(+0.8)・「知的興味」(+0.7)・「失敗不安」(+0.7)・「練習意欲」(+0.6)です。逆に低かった項目は「IAC」(-1.4)・「努力への因果帰属」(-0.7)・「競技価値観」(-0.4)でした。中高一貫選手と一般選手との大きな違いはバレーボールの経験年数や各種上位大会などの経験により得た勝利志向性と試合時においての精神的安定性ではないかと思われます。

(グラフ3)


4.     競技意欲の低い選手について

 女子の中学3年時の検査結果で「競技価値観」と「知的興味」が最低の1で合計値も一番低かった選手(グラフ4)は,高校入学後,すぐにバレーボールを辞めている。また,中学3年時と高校1年時検査の結果を比べて「技術向上意欲」(-3)・「知的興味」(-3)など17項目中14項目で数値が下がった選手(グラフ5)も高校1年の後半にバレーボールを辞めています。競技意欲が低くなっている選手に対して,意欲向上の指導も必要に思われます。

(グラフ4)


(グラフ5)